正楽寺日誌 つれづれなるままに 正楽寺日誌 つれづれなるままに

白木蓮が咲いた その鮮烈な白
いよいよ汚れてしまっている私

 神戸のある学校のPTAの講演で、私が、お父さんは、子どもにお母さんの存在の輝きを、お母さんは、お父さんの輝きを子どもに届ける工夫をしていただきたいという願いを訴えたことがありました。講演会が終わって会場を出、控室に帰ろうとしたとき、追っかけて来られたお母さんがおられました。「先生は、残酷なことをおっしゃる。私の家には、子どもに届けてやるお父さんがいないのです。亡くしてしまったのです」と抗議を受けました。私は、このお母さんを悲しませたことをおわびするとともに、亮太君という男の子の作文を聞いていただき、「どうかお父さんを生かしてあげてください」と、お願いしました。
 

 小四 亮太
 ぼくのおとうさんは、ぼくの小さいときに死にました。それでも「とうちゃんは、どこかでぼくのすることを見とるんや」と、かあちゃんはいいます。
 かあちゃんは、いつも働いているので、家へ帰るのがおそくなります。とうちゃんのぶんも働くからです。
 ぼくが、夕方、戸口のところでまっていると、帰ってきて、頭をなでてくれます。 ぼくはうれしくなって「とうちゃんのぶんもなでて」といいます。すると、かあちゃんは「よし、よし」といってなでてくれます。
 この間のばん、ぼくがしゅくだいをやっていると、かあちゃんが「亮太は勉強がすきになったでええな」といいました。「ちがう、きらいや」というと、「勉強のきらいなもんはえらい人になれません」と、かあちゃんがいいました。 「へえ、そんなら、おらの組では、健ちゃんがいちばん、えらいもんになるんかよ。なら、おら、えらいもんなんか、なりたかねえ」と口答えをしました。
 健ちゃんは、勉強はできるかもしんないが、 いばるから、ぼくはきらいです。すると、かあちゃんが、ブスッとしてしまいました。
 ぼくはだまっていましたが、かあちゃんがものをいわないので、だんだん、つらくなりました。
 ぼくは、かあちゃんのところへいって「かあちゃん、たたいて」と、頭をだしました。すると、かあちゃんは「もう、ええから、勉強しな」といいました。「そんなら、とうちゃんのぶん、たたいて」といいました。そしたら「よし」といって、かあちゃんは、わらいながら、ぼくの頭を、一つ、コツンとたたきました。ぼくは、うれしくなって、また勉強をやりました。ぼくはかあちゃんが大すきです。
 亮太君の中に、お母さんは、みごとに、お父さんを生かしていらっしゃいます。

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