正楽寺日誌 つれづれなるままに

子どもはおとなの父
子どもは「いのち」のふるさと

 子どもは、ただのいのちを生きているのではありません。人間のいのちを生きて

いるのです。感じたり、思ったり、考えたり、意志して行動したり・・・という人間

のいのちを生きているのです。相手が子どもだからといってバカにすることは許されません。

幼い子どもでも、すばらしいいい子の芽をいっぱいもっているのです。

おとなが、おとなの思いあがりを捨てて、拝む心で接するとき、子どものいのちは、

おのずから、光りながら育ってくれるのです。

「この子さえいてくれなければ・・・」と考えたこともある子どもを「この子がい

てくれるおかげで・・・」と位置づけたときから教育は始まる。

 幼いことものことばに耳を傾けよう。そこには、私たちの心の帰着点である心の

ふるさとがある。

「ふるさと」そこから出てきた私。「ふるさと」それは私の還っていくところ。

 子どもを導かなければならない私が、子どもに導かれて、ここまで来させてもらったのです。

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