正楽寺日誌 つれづれなるままに 正楽寺日誌 つれづれなるままに

他を生かし続ける
無量寿の「いのち」

 (注=「無量寿」とは、はかり知れない (無量)「いのち」(寿)という意味です。 この無量の「いのち」をお持ちの仏さまが、阿弥陀如来です。 東井先生は、ある小学生の質問にこたえるため、夜半すぎまで調べものをされます。そのとき、ふと次のように気付かれたのでした)
 「目」があって見ることができることも、「耳」があって聞くことができることも、「呼吸」や「心臓」が昼夜無休ではたらき続けていることも、「手」や「足」が、それぞれ自由にはたらいてくれることも、食べたものが「血」となり「肉」になり「骨」 になり、はたらきの「エネルギー」になってはたらいてくれることも、みんなみんな、ただごとでない、不思議きわまることであったのです。「生きている」とばかり思っていた私が「生かされている」のです。頭の上がらぬ思いでした。
 いつも、バカにしながら読んでいた『正信偈』の「凡聖逆謗斉廻入 如衆水入海一味」(凡・聖・逆・謗、斉しく廻入すること、衆水の海に入って、一味なるが如し) という言葉が思い出されてきました。「凡(ほんとうのことは、何もわかっていない愚か者の私のこと)」、「聖 (唯物論のほんのひとかけらをかじって、無神論をふりまわしたりしていた思いあがった私のこと)」、「逆(生かされていながら、生かしてくれているものに尻を向けていた私のこと)」、「謗(生かしてくれているものに逆くばかりか、それを謗る罪を、あえて犯していた私のこと)」が、わけへだてなく、「斉しく」、ちょうど、どんな荒れ狂う川の水も、汚れた川の水も、摂めとっていく海のように、必ず摂取される世界があったのです。そして、その世界のどまん中に、私は生かされていたのです。逆いているときも、謗っているときも「み手のまんなか」であったのです。
 「仏さま」は、「私」の「いのちの根源」に、はたらきつづけていてくださっていたのです。

暑さの中で涼しさの
味をしらせてもらう

雨の日には 雨の日の
悲しみの日には悲しみの日の
かけがえのない
大切な 人生がある
暑さの中で
涼しさの味をしらせてもらう
寒さの中で
あたたかさのよろこびをしらせてもらう
しあわせには
小さいのはない
大きいのばっかり
ちょっとみると小さく見えるのも
ほんとうは
私にはすぎた
大きいのばっかり

人間の尊いねうちは
点数では現わせない

 悟君は、二年生の途中に転入して来た子どもでしたが、前の学校でも、登校拒否で先生方を困らせていたということでした。
 私の学校に来てからも、担任が、
 「われこそは、彼の登校拒否を解決してみせるぞ」
 と、いろいろ手をつくしてくれましたが、「元気を出せ」「もっと元気を出せ」と、いろいろ熱心に励ましてやっても、どうにもならないまま、六年生を迎えることになってしまいました。
 私は、男子ではいちばん年の若い米田先生に彼の担任を依頼しました。気の弱い一面をもった先生だったからです。
 米田先生は、彼に「もっと元気を出せ」とは言いませんでした。
 「悟君、実は、ぼくも気の弱い男で、ほかの人が、人の気持ちなんか考えようともせず、自分の思い通りに何事もやってのけるのを見ると、うらやましくなってしまう。ぼくらは、自分のことよりも、先ず相手の気持ちを考えてしまう。が、考えてみると、これは、悪いことではなくて、人間としていちばん大切なことではないだろうか。悟君、お互いに、ぼくらのこの気の弱さ、もっと大切にし合おうではないか」
 と、呼びかけてやってくれました。米田先生の担任になってから、悟君の登校拒否はピタリとやみました。
 そればかりか、いきいきと登校するようになりました。それまでの担任たちの「元気を出せ」という善意にみちた励ましも、特別感度の鋭い悟君には「そんなことではダメだぞ」と聞こえ、自信を失わせる役割しか果たしていなかったのです。
 人間をしあわせにする「学力」は、人間と人間の協力と磨きあいの中で育ちます。「人間」を揺り動かし、目覚めさせ、脱皮させ、ますます人間らしい「人間」を育て上げるような「学力」を目指さなければなりません。

川崎正楽寺にて
永代経法要勤修

 

永代経法要勤修 ~川崎正楽寺~

 

川崎正楽寺では
5月3日に永代経法要を
お勤めさせていただきました

 

毎年5月3日は晴れることが多いのですが
今年は曇り空

 

少し肌寒く感じられる方も
いらっしゃるくらいでした

 

この度も一つひとつのご縁に感謝して
お勤めさせていただきました

 

また、お参りの皆さまのお顔を拝見できたことも
嬉しく、有り難いことでした

 

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心のあたたかいやさしい
尊い人がたくさんある

 わたしの学校の竹箒部屋の竹箒は、今日で二百日あまり、倒れたり、傾けたり、ひっくりかえったりすることなく整列していてくれる。百三十日目くらいだったろうか、朝礼のとき、わたしは一メートルばかりの大きな温度計をもって台上に立った。
 「けさの温度は何度くらいだろうか」というようなところから温度計に注目させ、毎日寒い日がつづくから、温度が低いことを話し、
 「でもね、みんなの中には、誰かしらんけれど、温度計のてっぺんまで赤い棒が伸びるほど、心のあたたかい子がいるらしいんだよ。校長先生は毎晩、学校を見廻りに学校にやってくるんだけど、どんな夜半でも、竹箒がきちんと行儀よく並んでいるの。きょうで百三十日くらいだと思うんだけど、倒れていた日は一回もないんだよ。竹箒をかわいがってやってくれている心のあたたかい人は誰なの?手をあげてみてください」と言った。一人も挙手する者がなかった。
 「誰かしらんけど、とっても心のあたたかい人がいてくれることが、先生はうれしくてならないんです。みんな、人を困らせたり、物をいじめたりなんかしない、心のあたたかい子になってくださいね」
 と言いながら、わたしは温度計をかかえて台を降りた。
 それから、少し日が経って、四年生の男の子が箒をまもるためにがんばってくれていることがわかってきた。

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