正楽寺日誌 つれづれなるままに

力をぬいたとたん
世界がひらける

 私が、若い頃読みふけつた懐かしい書物の中の一冊に、出隆(いでたかし)先生の『哲学以前』

があります。出隆先生は、哲学者であられるとともに、「神伝流」の水泳の達人でもあられたと聞いています。

 その出隆先生が、何かに「水泳」のことをお書きになっていました。「水は、人間を浮かせるだけの浮力をもっている。

しかるに、人間が溺れるというのは、心の重みで溺れるのである。だから、溺れた人というのは、『こんな所で…』

と思われるほど、浅い所で溺れている。結局、水の浮力に足をとられてあわててしまい、その心の重みで溺れたのである。

心を無にして、身も心も水に預ければ、自分の力を使わなくてもおのずから浮かぶ」というような内容の文章でした。

 出隆先生の、「心を無にして、身も心も水の浮力に預ければ、おのずから浮かぶ」というお言葉は、

親鸞聖人が「如来の本願力に乗託すれば、おのずから然(し)からしむる自然法爾(じねんほうに)の世界を恵まれる」

とお教えくださっていることにも通じているように思います。またそれは、私が子どもの日、あの熱くて熱くてたまらなかった

お灸の熱さが、「きばり心」を抜いたとたん、あんな快い安らぎの世界に変わったことにも、つながっている気がするのです。

 私は、初め、お灸の熱さに負けまいとする「きばり心」の重みで、熱さの底に沈み、熱さの苦しみに溺れていたのです。

それが「きばり心」を捨てたとたん、熱さが苦にならない世界に浮かせてもらったのです。

正楽寺の風景⑦

2020.06.08撮影@川崎正楽寺

境内の石榴の木に花がたくさん
つきはじめました

カタチが
タコさんウインナー🐙に似ていて

とても可愛いです^^

今年はどれだけ実るかな?

 

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正楽寺の風景⑥

2020.06.09撮影@川崎正楽寺
 
関東も梅雨入りですね
 
かと思えば
沖縄は梅雨明けだとか
 
世界からみたら
日本は小さな島国のように思いますが
こんなにも違うのか

改めて驚きます
 
梅雨といえば…
 
紫陽花!
. 
拙寺の紫陽花
今年は小ぶりですが

色とりどりに
元気に咲いています^^
 
私は
昨日から熱中症の症状が
 
季節の変わり目
皆さま
どうぞお大事にお過ごしください

 

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誕生日おめでとう

6月1日は
看板犬 次男 ルイの13回目の誕生日でした🎂🎉
   
ルイは生後半年頃
恵まれない環境の元育ったところを
縁があって里親として迎え入れました
   
我が家に迎えて数カ月後
庫裡の屋上から誤って下の自転車置き場へダイブして大怪我
   
7,8歳の頃
肝臓を悪くして
   
12歳6ヶ月の頃
糖尿病にかかり現在闘病中です
   
   
こうやって振り返ると
本当に波乱万丈の人生を送っています
   
少しずつ足腰も衰えをみせてまいりました
   
ですが
それでも元気に日々を過ごしているルイと居ると
生老病死という【四苦】を教えてもらうとともに
精一杯に生きる大切さを
いつも私たちは教えてもらっています
   
本当に有り難いことです
   
1日1日のいのちを大切に
これからも大切な家族として過ごしていきたいと思います
   

   

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家に こころの灯を

 小学四年の女の子が、二年の女の子を屋上から突きおとして殺しました。小学一

年の男の子が、幼い女の子にいたずらしようとしたらお母さんに告げるといわれ、

女の子を井戸に突きおとして殺しました。小学六年の男の子がいつも優しくしても

らっている近所のお婆さんの店のお金を盗もうとしたのを見つけられ、お婆さんを

しめ殺してしまいました。子どもは人を殺しても罪にならないといって、お母さん

を刺した中学生が現れました。人間の心を育てられ損った子どもが、どんどんふ

えてきているようです。これは、心を育てる畑が荒れてきているということではな

いでしょうか。心を育てる畑の中で、一番大切な畑は家庭です。その家庭が、いま、

心を育てる働きを喪いつつあるということではないでしょうか。

 家庭は、みんなが疲れて帰ってくるところです。きれいごとのできるところでは

ありません。でも、疲れをわかりあい、いたわりあい、僅かな喜びもみんなでわけ

あって大きい喜びにし、明日への活力に変えていく、それが家庭というところであり、

そういう家庭のあり方の中で、子どもたちも、人間の心を育てられていくのでしょう。

 亮太君は、母一人子一人の貧しい家庭の子どもです。日が暮れてからでないと、

お母さんは仕事から帰ってきません。そのお母さんが、いつも亮太君におっしゃって

いることは、いつでもとうちゃんが亮太君を見ておられるということです。ですから、

亮太君もそれを信じる子に育てられています。

 亮太君は、いつも、疲れて帰ってくるお母さんを、戸口のところへいって待っています。

お母さんは、帰ってこられると、その亮太君の頭をなでてくださいます。

亮太君は、「とうちゃんのぶんもなでて」とねだります。お母さんは「よし、よし」

といってなでてくださいます。亮太君のさびしかった心はふっとんでいってしまい、

しあわせの思いがいっぱいになります。

 でもあるとき、亮太君は勉強のことでお母さんに口答えをしました。お母さんは、

悲しそうな顔をして黙ってしまわれました。その時のことを亮太君は「ぼくは、

かあちゃんがものをいわないので、だんだんつらくなりました。ぼくは、かあちゃん

のところへいって『かあちやん、たたいて』と頭をだしました。するとかあちゃん

は『もうええから勉強しな』といいました。『そんならとうちゃんのぶんたたいて』

といいました。そしたら『よし』といって、かあちゃんはわらいながら、ぼくの頭

を一つコツンとたたきました。ぼくはうれしくなって、また勉強をやりました。ぼ

くはかあちゃんが大すきです」と書いていました。

 貧しく、そしてさびしい亮太君の家庭ですが、亡くなられたお父さんまでちゃんと

活かされ、「心を育てる」立派な家庭になってくださっています。亮太君は、

絶対、まちがいのない人間に育ってくれるでしょう。

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