悟君は、二年生の途中に転入して来た子どもでしたが、前の学校でも、登校拒否で先生方を困らせていたということでした。
私の学校に来てからも、担任が、
「われこそは、彼の登校拒否を解決してみせるぞ」
と、いろいろ手をつくしてくれましたが、「元気を出せ」「もっと元気を出せ」と、いろいろ熱心に励ましてやっても、どうにもならないまま、六年生を迎えることになってしまいました。
私は、男子ではいちばん年の若い米田先生に彼の担任を依頼しました。気の弱い一面をもった先生だったからです。
米田先生は、彼に「もっと元気を出せ」とは言いませんでした。
「悟君、実は、ぼくも気の弱い男で、ほかの人が、人の気持ちなんか考えようともせず、自分の思い通りに何事もやってのけるのを見ると、うらやましくなってしまう。ぼくらは、自分のことよりも、先ず相手の気持ちを考えてしまう。が、考えてみると、これは、悪いことではなくて、人間としていちばん大切なことではないだろうか。悟君、お互いに、ぼくらのこの気の弱さ、もっと大切にし合おうではないか」
と、呼びかけてやってくれました。米田先生の担任になってから、悟君の登校拒否はピタリとやみました。
そればかりか、いきいきと登校するようになりました。それまでの担任たちの「元気を出せ」という善意にみちた励ましも、特別感度の鋭い悟君には「そんなことではダメだぞ」と聞こえ、自信を失わせる役割しか果たしていなかったのです。
人間をしあわせにする「学力」は、人間と人間の協力と磨きあいの中で育ちます。「人間」を揺り動かし、目覚めさせ、脱皮させ、ますます人間らしい「人間」を育て上げるような「学力」を目指さなければなりません。



