正楽寺日誌 つれづれなるままに 正楽寺日誌 つれづれなるままに

春を信じて
冬を生きている

 ひたすらなる 「信」

 すべての葉をおとしてしまって

 冬を生きている

 雪やなぎ

 やまぶき

 もくれん

 沙羅双樹

 榎

 あじさい

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 でも よくみると

 みんな

 既に

 芽を用意している

 蕾まで用意している

 固く

 固く

 その芽を 守り

 固く

 固く

 その蕾を 守りながら

 まだまだまだ

 なかなかなか

 やってこない「春」を信じて

 冬を 生きている

 おがみたくなるような

 植物たちの

 「信」の姿

「よろこび」をいっぱい
袋に貯える年にしよう

 私は、昨晩、私のところに集まってくれた村の婦人の皆さんに、「おたふくの面」

の話をしました。私も、人から聞いて知ったくらいのことですが、あれは、昔の婦人

の皆さんが念願した「五徳の美人」の顔なのだそうです。

 「五徳」とは何か。第一は、「目」、憎しみの目ではなくて、慈愛の目、よろこびの

見える目、たとえ表面は醜く汚れていても、そのもうひとつ底にある尊いものを見ぬく、

深い目、とらわれのない澄んだ目、それが第一の徳だそうです。この目は、仏さま

の目に通じます。

 第二は、耳。生きとし生けるものの声なき声も開きとることのできる耳。ことばに

ならないことばをも、聞きとることのできる耳これが第二の徳だそうです。そういわ

れてみると、ずいぶん大きい豊かな耳になっています。これも、仏さまの耳に通じる

ようです。

 第三は、頬。豊かな頬、ふくよかな頬です。愚かな子も、賢い子も、いうことをき

かないやんちゃな子も、みんな包みこんでくれる頬。トランクのように、外から見た

ところは小ぎれいでさっぱりしているが、相手の形よりも、自分の形を優先するので

なく、ふくろのように、相手の形に応じてはたらく「おふくろ」の名がふさわしい頬。

「トランクママ」ではない「ふっくら母さん」。私は、かつて、教員をしていた頃、

受け持っていた二年生の子どもたちに、お母さんの顔をかいてもらったことがありました。

そのお母さん方のなかには、ほっそりとやせたお母さんも幾人かおられたのに、

子どもの絵の中のお母さんは、みんな、ふっくらと、丸顔ばかりであったことに感動

したことを思い出します。この「頬」も「凡・聖・逆・謗」すべてを摂取(救いとる)

してくださる仏さまのお心に通じるようです。

 第四は、口。相手をやっつけるとがった口ではありません。皮肉をいうゆがんだ口

ではありません。へつらいの口でもありません。よろこびのことばが、おのずからほころび

出てくる口です。優しい口です。これも、仏さまのお口に通じるようです。

 第五は、それらすべてのまんなかにある鼻です。高慢の鼻ではありません。自己中心

の我慢の鼻ではありません。謙虚な、慎みの鼻です。それが、すべての中心にある

ということにも、何か、意味がありそうに思われます。

 これは、「和顔悦色施」の「顔」のモデルのように思われます。眼鏡屋さんの鏡に

うつった、ゾッとするような私の顔とは、真反対の極にあるのが、この顔ではないか

と思われます。

 この後、幾日いのちがいただけるかわからない私です。日既に暮れ、道、いよいよ

遠しの感もいたしますが、はじかしい自分の顔だけは、忘れないように、今年こそは

「よろこび」をいっぱい袋に貯える年にしたいと思います。

(※「凡聖逆謗」とは=親鸞聖人の「正信偈」に出てくる言葉です。煩悩にまみれて

いる凡夫、清らかな聖者、「五逆」という重い罪を犯した極悪人、仏法を謗った人、

という意味です)

春夏秋冬 いつもありがとう

 私は、小さいノートを持ち歩いておりまして、よろこびが見つかると、それを書き

とめておくように努めているのですが、うっかりしていると見すごしてしまいそうな

小さく見えるよろこびが、みんな、すばらしい大きいしあわせにつながっていること

に気づかせていただくのです。

 若い頃にはうっかりしていたことの中に、こんな大切なしあわせがあったというこ

とを驚くとともに、こういうしあわせにであわせていただけるのは、年とったおかげ

さまかな、春夏秋冬、いつもありがとうと、よろこばせていただくのです。

生かされている
大きなはたらきの中で

仏壇にどういうことを言ってお参りしたらいいのかわかりません

高橋中学校 二年B組 足立春美

 わたしは毎朝、仏壇にお参りしています。これは、小さいときからおばあちゃんや

父母などに、仏壇に参らなかったら「ののさんは」と言って叱られたので、自然に

習慣がついてしまいました。

 はずかしいのですけれど、まだ、どういうことを言って参ったらいいのかわかりま

せん。わたしは「なむあみだぶつ」と言って、今日も良い日でありますようにと言っ

て参ります。家族の人が旅行などをするときは、いい子ぶっているかもわかりません

が、無事で行って無事で帰られますようにと言って参ります。先生、どういうことを

言って参ったらいいのでしょうか。

 先生はお坊さんなので、変なことを言って参るのだなと思われたらはずかしいな、

と思いましたが書きました。変なことを思ってすいません。

 変などころかー。

 こういう問題をこんなふうに考えていてくれるだけでなく、実際の暮らしのなかに

生かしていてくれる人がこの中学校にいる、ということだけで、たいへんうれしい気

がしています。

 宗教のことについては、小学校でも中学校でも、特定のひとつの宗教をすすめたり、

自分の信仰を生徒に押しつけたり、生徒の信仰を邪魔したりはできないことになって

いますので、自然、先生方も、教えてもいい部分をさえ、さわらないようにされてい

るところがあると思います。そのために、あなた方も、宗教のほんとうの意味やねう

ちを知る機会がなく、変な迷信なんかにも案外コロリとまいってしまう人ができたり

している今の世のなかのことを考えると、もう少しこれは考えてみなければならぬこ

とだと思っています。

 さて、わたしも朝と晩は必ず仏さまにお参りしていますが、わたしのお参りの心持

ちを書いてみましょう。(足立さんの考えやお参りの仕方のほうが立派なような気も

するのですが……)。

 わたしは、家の子どもが大病をして、もう今夜はいのちが持つか持たないかわから

ない、というようなときにも、病気をなおしてやってくださいとおねがいしたことは

一度もありませんでした。子どもが入学試験を受けるときにも、合格させてやってく

ださいとおねがいしたことは一度もありませんでした。そのわけは、わたしは、わた

しの信じている仏さまは、おねがいしなかったら言うことをきいてくださらないよう

なケチな仏さまでないことを、深く信じているからです。

 わたしたちの胸のなかで、心臓は、おいのりしなくてもおねがいしなくても、そん

なことはおかまいなしに、いつでもどこでもドキドキドキドキ……、働きどおしに働

いていてくれますね。胃ぶくろは、おいのりしなくてもおねがいしなくても、いただ

いたものをこなしていってくれますね。生まれてから一日も休まず働きどおしです。

肺も、生まれてから一日も休まずに、わたしがおこっているときも人をにくんでいる

ときにも、わたしのために働きどおしです。

 この大宇宙のなかには、こんなふうに、わたしたちを生かしづめに生かしていてく

れる大きなはたらきが、働きどおしに働いていてくれます。このすばらしいはたらき

を、わたしは仏さまのはたらきだと信じているのです。

 わたしだけでなく足立さんも、宗教の宗の字も考えない人も、意地悪の人も、迷信

の人も、そんな区別なく、みんなこの大きなはたらきのなかで育てられ、生かされて

いるのです。

 人間だけではありません。バラも朝顔もダリアも牛もねこも犬も!みんなこのす

ばらしいはたらきに生かされているのですね。

ほんものはつづく
つづけるとほんものになる

 私は、師範学校で学んでいるとき、寄宿舎が全焼し、丸焼けになりました。

教員になって二年目、宿直の晩、全国を荒らした放火魔に学校を焼かれてしまい、

大勢の皆さんに迷惑をかけるとともに、私自身、いのちの縮む思いをしました。

それゆえ火災には、人一倍、恐れを感じています。

 ところが、私が、校長を勤めさせてもらっている頃、宿直は教員の本務ではない、

という主張が高まり、遂に宿直が廃止され、学校が無人化されてしまいました。

予算がないというので、警備員もおいてもらえません。

 校長として、心配でなりません。

 さいわい、学校の近くに小さい家を借り、単身赴任で自炊生活をしておりましたので、

毎夜半、校舎の内外を巡視してから床に就くようにしていました。

 その巡視のとき、一つの出来事に心を留めるようになりました。子どもたちが、運動場

を清掃してくれるときに使う竹箒が、全部で五十本ばかりあったのですが、それを

収納する物置部屋がありました。竹箒が、乱暴に放り込まれて、いつも気にかかっている

部屋でした。ところが、それが、きちんと、実に行儀よく収納されるようになりました。

しかも、それが、ずっと、ずっと、何日も続くのです。五十本ばかりの竹箒が、

実に行儀よく、私の懐中電灯の光に照らされてくれるのです。

 そんな日が、百三十日ばかり続いたある日の朝会で、私は、大きな寒暖計をもって

朝礼台の上にあがりました。

「けさは、何度くらいだろうか?」

と、しばらく、寒暖計の話をし、寒い朝は、赤い棒がさがること、あたたかい日は、

赤い棒が伸びることなどを話し、話を、体温計の話に進めました。そして、

「近ごろ、わたしは、毎晩、体温計で測れないほど、胸の中が温かくなるんだが……」

というようなことから、竹箒部屋の話をしました。

「昨晩で、ちょうど、百三十日くらいになると思うんだが、あの竹箒の整頓、誰が

やっていてくれるんだろうか?一度や二度ではなく、百三十日も、毎日、続けて整頓

してくれている人が、この中に、いてくれると思うんだが、その人、手を挙げてく

れないか」

と、頼みました。

 不思議なことに、誰も手を挙げてくれないのです。竹箒が自分でそうするはずは

ありません。不思議でなりません。誰かがやってくれているはずです。仕方ありません。

私は、「誰か知らんがありがとう」

といって、壇をおりました。

 そして、職員室に帰ってから、担任の先生方に、「学級ごとに調べてみてください」

と、お願いしました。

 やっと、わかりました。四年のM君というのがやっているのだとわかったのです。

私が手を挙げてくださいと言ったとき、挙手しかけたのだそうですが、手を挙げると、

自分がやっていることがわかってしまいます。それで、手を挙げるのをやめたのだそうです。

 M君が、このことに挑戦する気になったのは、いつか、朝会のとき、私が「誰も見

ていないところで善いことのできる、そういう人間になりたい。小さい善いことでも

いいから、それをやり続ける人間になりたい。ほんものは続く。続けるとほんものに

なる」と言うような話をしたとき、M君の頭に、いつも乱暴に投げ込まれている竹箒

のことが、頭にひらめいたのだそうです。

 私は、その報告を受けて、子どもの心の一途さに感動してしまいました。

 竹箒部屋の整頓は、私が定年退職する日まで、五百何十日続きました。

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