仏事の心得

生命と向き合う お正月

お盆・お彼岸に並び、正月はお墓の問い合わせが多い時期だとお聞きしました。

その 理由を考えてみますと、正月は普段離れて暮らしている家族、親戚一同が集まる機会です。

その中で、親世代は子ども・孫世代の成長を喜ぶ中に自らの老い・「死」を実感し、子ども世代は親世代の姿を目の当たりにして、老い・「死」について考えさせられるのでしょう。

そうして、自然と皆が私の生命の行き先を意識するのではないかと推測します。

 

「いつかはこの生命を終える最期の瞬間を迎えなくてはならない」ということは、誰もが頭では理解をしています。

しかしながら、頭の中でわかっていても、自らの「死」、大切な家族の「死」を簡単には受け入れられないものです。

お墓を探す、葬儀について考える、財産分与等を決める、いわゆる「終活」と呼ばれるものは、自分が亡くなった後のことを考えるものですから、自分の希望を家族に伝えて安心する方もいらっしゃれば、改めて自分の「死」というものについて考えさせられて不安になり、暗い気持ちになる方もいらっしゃるかも知れません。

ただ、それだけではなく、終活をすることにより、「死」を通して「生」を意識することが出来るという一面もあります。

 

普段から生命をいただいている尊さに気付ければ良いのですが、なかなかそれが出来ない私たちです。

「何でも在ることが当たり前」の生活を送り、その有り難さに気付けない私の姿がそこにはあります。

そのような私が、「死」と向き合うことで初めて、「生」の尊さに気付かされる。

 

 

「死」と向き合うとは、「生」と向き合うことなのです。

 

 

仏教では、「死もまた我らなり」と説かれます。

この生命をいただいた以上、いつかは生命を終えなくてはなりません。

それが、今日なのか明日なのか、分からないのが、私たちがいただいている生命です。

「生」と「死」は分けていけるものではなく、両方合わせて「私たちの生命」なのです。

「死」という自然なことから目を逸らし、「生」が見えづらい今だからこそ、大切なことを教えて下さっている仏様のみ教えにしっかりと耳を傾け、受け止めていただきたいと思うことです。

 

時間に限りのある生命、誰とも替えの効かないたった一つの生命とご自身がしっかりと向き合い、今年もご一緒にお参りをさせていただきたく存じます。

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