2005年4月12日に我が家で飼っていたチワワが命を終えていきました。家族中に悲しみの輪が広まり、辛い数日間をすごしました。 特に坊守(妻)は子育てが一段落してから、ずっと一緒に過ごしてきた愛犬ですから、その悲しみは相当なものでした。子ども達のショックもかなり・・・。まさかの思いが心を駆け抜けていった事でしょう。子ども達にこんな話をしました。 仏教には「六道輪廻」と云う教えがあります。私たちは今「人間」と云う境涯に命を頂いて生活をしています。犬は畜生道に命を頂いて一生を過ごしました。 我が家の愛犬も命を終えて、六道の世界の何処かへ生まれ変わっていきます。天人に生まれ変わったのか、餓鬼道に生まれ変わったのか、私には解りません。 ただ一つ言える事は、お寺の中で阿弥陀様の光に照らされながら生活をしてきました。必ずいつか人間に生まれ変わって、阿弥陀様のご縁を頂くはずです。 そして、お浄土に還らせて頂く日が必ずやってきます。また遇える世界があると「阿弥陀経」に説かれています。お浄土で遇える事を楽しみに仏様と向き合わせて頂く生活を忘れないように。。。 六道輪廻は仏教の鉄則です。命を終えたペットがお浄土に生まれ変わる事はありません。必ず六道を輪廻していくのです。 現代社会はある意味ペットブームです。先日のテレビで「東京では年間2万匹の犬がペットとして飼われ始めている」と聞いたように記憶しています。 猫や鳥、その他の生き物を飼っている方もそれはそれは沢山いて下さるのでしょう。 そのペットが命を終えていった時、飼い主の方々はどの様になさるのでしょうか?昔ならば庭の隅に穴を掘って亡骸を埋めて○○の墓といった簡単な墓標を建ててお参りをされたのかもしれません。時間の経過とともに悲しみは薄らいでいきますから、亡くなったペットも忘れられていったのかもしれません。 しかし、現代では家の中でペットを飼う家がかなりの数を占めています。つまり、家族同様にして生活をしています。家族の死は辛く悲しいものです。 そこでペットのお葬式・ペットの霊園が登場してきます。悲しみにくれるご家族はペットにもよい所に生まれ変わって欲しいと願います。 そこで騙されてしまうのです???私たちが今何を問題にしなければならないのかを、教えては下さらないのでしょう。ただペットの供養と題して私をカヤの外に置いていませんか?残った私たちは「ペットの死を縁として」、我が命の行く末を考えなければならないのです。愛するペットが私たちに『命をかけて教えて下さっているのです』 それなのに私たちはただ、可哀相に・何故死んでしまったのと別ればかりを悲しみ、一番大切な事に気づこうとしないのです。 最近は人間が死んでも気づけない人が、あまりにも多すぎます。でも・・・ペットを愛する心は人間に対する感情よりもっともっと深いものがあるのかもしれません。 このページは【愛するペットを失った悲しみを、心の叫びを書いて頂くために】新たに設けたページです。決して、私が全ての悲しみを解決出来るわけもありません。アドバイスが出来るかどうかも解りません。皆さまの素直な感情を読ませていただいて、私自身が勉強させて頂くだけになってしまうかもしれません。 でも《我が家の愛犬の死を無駄にしたくないのです。》愛するペットの死をご縁として、一人でも多くの方に自分の命を考えて頂きたいのです。