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長女が数え年で三つの秋でした。 お医者さまから「お気の毒ですが、この病気にかかったら、百人中九十九人はだめとしたものです。もう今夜一晩よう請けあいません」と宣告されるような大病を患いました。
そんな晩、幼い子どもの脈を握っていると脈が消えていきます。 いよいよ別れのときが来たのかと思っていると、かすかにピクピクッと動いてくれます。 ああ、うれしい!と思う間もなく脈がわからなくなります。 ああ、とうとう…と思っているとまた動きはじめてくれます。 そんなことをくり返しながら、夜半十二時の柱時計の音を聞くことのできた感動! 「ああ、とうとうきょう一日、親と子がいっしょにくらさせてもらうことができた。 しかし、今から始まる新しいきょうも、親と子がいっしょにくらさせてもらえるのだろうか」と思うと、 子どもが元気なときには何でもないあたりまえのことだと思っていたことの中に、 ただごとでないしあわせがあったのだと、きづかせてもらったことでした。
その娘が、不思議に、その百人に一人のいのちをいただき、三人の子どもが育ってくれたのでした。 日を暮らして帰り「ただ今!」と戸をあけるなり、 三人のこどもがとんで出てきて出迎えてくれたものです。 母親よりも背の高くなった娘が 「おとうちゃん、お帰り!」 と叫んで、背中から私の首っ玉にとびついてきます。 長男が「おとうちゃん、お帰り!」と、前から私の首にぶらさがります。 ぶらさがるところのなかった末の男の子が、にわか四つんばいになって「モオーッ」なんて牛の鳴きまねをしながら、私のまたくぐりをする毎日でした。
そんなとき、私は、いつも私自身に言い聞かせたものです。 「何がまちがっても、ぜったいまちがいなくやってくることは、 そのかわいいものたちと別れなければならない日がやってくるということだ。 それなのに、こうして、今、親と子がともにたわむれることのできるしあわせを、 しあわせと受けとらずに、いったい、これ以上のどんなしあわせがあるか」と。
No.[15]
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