■【8月】この「しあわせ」以上に どんな「しあわせ」があるのだろう
長女が数え年で三つの秋でした。
お医者さまから「お気の毒ですが、この病気にかかったら、百人中九十九人はだめとしたものです。もう今夜一晩よう請けあいません」と宣告されるような大病を患いました。

そんな晩、幼い子どもの脈を握っていると脈が消えていきます。
いよいよ別れのときが来たのかと思っていると、かすかにピクピクッと動いてくれます。
ああ、うれしい!と思う間もなく脈がわからなくなります。
ああ、とうとう…と思っているとまた動きはじめてくれます。
そんなことをくり返しながら、夜半十二時の柱時計の音を聞くことのできた感動!
「ああ、とうとうきょう一日、親と子がいっしょにくらさせてもらうことができた。
しかし、今から始まる新しいきょうも、親と子がいっしょにくらさせてもらえるのだろうか」と思うと、
子どもが元気なときには何でもないあたりまえのことだと思っていたことの中に、
ただごとでないしあわせがあったのだと、きづかせてもらったことでした。

その娘が、不思議に、その百人に一人のいのちをいただき、三人の子どもが育ってくれたのでした。
日を暮らして帰り「ただ今!」と戸をあけるなり、
三人のこどもがとんで出てきて出迎えてくれたものです。
母親よりも背の高くなった娘が
「おとうちゃん、お帰り!」
と叫んで、背中から私の首っ玉にとびついてきます。
長男が「おとうちゃん、お帰り!」と、前から私の首にぶらさがります。
ぶらさがるところのなかった末の男の子が、にわか四つんばいになって「モオーッ」なんて牛の鳴きまねをしながら、私のまたくぐりをする毎日でした。

そんなとき、私は、いつも私自身に言い聞かせたものです。
「何がまちがっても、ぜったいまちがいなくやってくることは、
そのかわいいものたちと別れなければならない日がやってくるということだ。
それなのに、こうして、今、親と子がともにたわむれることのできるしあわせを、
しあわせと受けとらずに、いったい、これ以上のどんなしあわせがあるか」と。

No.[15]


 ■【7月】口よりも耳を大切に
戦前の、農村の小学二年生の女の子の作文をご覧下さい。

きょうもおかあさんははたけだろうなとおもいながら学校からかえってみると、
やっぱりうちの大戸がしまっていました。
わたしはつまらないなあと思いながら
大戸を「よいしょ」とあけました。

戸をあけたわたしはびっくりしました。
にわ中いっぱいになにかかいてあります。
よく見ると、それは、けしずみでかいたおかあさんのかおでした。
大きなかおのところのそばに「やき山のはたにいるよ」とかいてありました。
わたしは、けしずみでかいたおかあさんがまっていてくれたので、さみしくないとおもいました。

わたしは、かばんをおろしてから、けしずみを一こもってきました。
そして、おかあさんのかおのところのそばに、小さいわたしをかきました。
リボンをつけたわたしにしました。
そして、おかあさんの方に手をのばして、かたたたきをしているところにしました。
「かあちゃん、かたたたいてあげるよ」とかきました。はんたいがわに「あしたもまっててね」とかきました。
すっかりかきあがったので、手をあらっておやつをたべてから、おかあさんの、かおのところのそばで、ゆうがたまで一ぽんふみをしてあそびました。


戦前の日本は、今よりずっとずっと貧しくお母さんたちも忙しく、子どもが学校から帰ってくるのを「お帰りなさい」と待っていてくださるようなことは、ほとんどありませんでした。
でも、お母さんは、子どもが何を願って家へ帰ってくるのか、子どもの願い、ことばにならないことば、声にならない声を聞きとる「耳」をもっていてくださいました。
それが「お多福」のあの大きな耳になって表現されているのですが、今のお母さん方は、子どもが自殺したくなるほど苦しんでいても、その叫びや訴えを聞いてくださらなくなっているようです。

ですから、仏さまは
「口よりも耳を大切にしなさいよ」
「聞いた上にも聞くことに努めなさいよ」
「一方的に聞くのでなく、その真反対の声も、よくよく聞くのですよ」
「ただ、ことばを聞くだけでなく、ことばにならないことば、声にならない声をも、よくよく、聞いてくださいよ」
という願いを込めていてくださるのではないでしょうか。

No.[14]


 ■【6月】「あたりまえ」の素晴らしさの見えない人は「目をあけて眠っている人」
隣の町のお寺の門前の掲示板に、
「目をあけて眠っている人の目を覚ますのは、なかなかむずかしい」
と書いてありました。
「目をあけて眠っている人」というのは私のことではないかと思うのといっしょに、悪性腫瘍のために亡くなられた若き医師、I先生が、Aちゃんというお子さんと、まだ奥さまのお腹の中にいらっしゃるお子さんのために書き遺された『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』(祥伝社刊)というご本のことを思い出しました。

その中に「あたりまえ」という、I先生が亡くなられる二十日前に書かれた詩があります。

あたりまえ
こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる
お母さんがいる
手が二本あって、足が二本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのばせばなんでもとれる
音がきこえて声がでる
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事が食べられる
夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝がくる
空気をむねいっぱいすえる
笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばれない
そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ

「それなくしては、しあわせなど成り立ちようのない大切なこと」「あたりまえ」のすばらしさの見えない人、そういう人を「目をあけて眠っている人」というのだと思いました。
そして、私も、その中の一人だと気づかせていただきました。

No.[13]


 ■【5月】美しいやわらかい そのくせ「いのち」にみちあふれた新芽たち
花が
次々に終わっていったと思ったら
どの木も どの木も
いっせいに
芽をふきはじめた
緑というよりも
白に近い
美しい やわらかい
そのくせ
いのちにみちあふれた
清潔な
木々の 芽たち
山のいのちが木々を見つけて
己れのいのちを噴出させているような
いのち いっぱいの
新芽たち
いのち そのもののような
ういういしい
その
うす緑

No.[12]


 ■【4月】思いやりの心を育てよう
私が6年生の担任をしていたとき、T君という子どもが、次のような詩を書きました。

 かつお
けさ、学校に来がけに
ちょっとしたことから 母と言いあいをした。
ぼくは、どうにでもなれと、
母をボロクソに言い負かしてやった。
母が困っていた。
そしたら、学校で、昼になって、
母の入れてくれた弁当のふたをあけたら、
ぼくの好きなかつおぶしが
パラパラとふってあった。
おいしそうに匂っていた。
それを見たら、ぼくは、けさのことが思い出されて
後悔した。
母は、いまごろ
さみしい心で昼ごはんたべているだろうかと思うと
すまない心が、ぐいぐいこみあげてきた。

という詩です。今の子どもがお母さんを言い負かすくらい朝飯前のことです。T君も、お母さんをやっつけて、得意になって登校したのでしょう。ところが、昼にって、お母さんが入れてくれた弁当の蓋をあけ、お母さんの心にであったのです。

わが子に言い負かされて、何も言えなくなってしまったお母さんが、そういうわが子の大好きなかつおぶしを、ふりかけてやらずにおれない、仏さまのような母の心にであったとき、とめようと思ってもとめることのできない「すまないと思う心」が、込み上げてくるのです。

仏さまのお心を「大悲」といいますが、お母さんをやっつけて得意になるやんちゃ者も、「大悲」にであうと、思いやりの心をもたずにはおれなくなるのです。

No.[11]


 ■[【3月】仏さまはいつも 私たちの心の中に
「泣」という字は、「サンズイ」に「立」という字が添えてあります。「涙」という字は、「サンズイ」に「戻」という字が添えてあります。これは、私たちが深い悲しみに出合い、涙に溺れてしまいそうになっているとき、それがどんなに深い悲しみであっても、必ず「立」ち上がらせずにはおかないという、仏さまの願いを表すために「サンズイ」に「立」を添えて「泣」という字にし、「涙」におし流されてしまおうとする私たちを、必ず、引き「戻」してくださる仏さまのお心を表すために「サンズイ」に「戻」を添えて、「涙」という字にしてあるのだと聞いたことがあります。

これに関連して思い出すのは、「観無量寿経」の中の「諸仏如来 是法界身 入一切衆生 心想中(しょぶつにょらい ぜほうかいしん にゅういっさいしゅじょう しんそうちゅう)」(諸仏如来は是れ法界の身なり。一切衆生の心想の中に入り給う)といういおことばです。如来さまは、いつも、私たちの心や想いの中におはいりくださって、私たちをお導きくださっているのです。私たちが、悲しみの底に溺れて泣いているときには、新しい視点をお与えになって、立ち上がらせ、悲しみの涙におし流されてしまおうとしているときには、新しい生きがいをお示しくださって、引き戻してくださるのでしょう。

No.[10]


 ■【2月】 冬になると誰にも言わなくても 来春の用意をしているいちょうの木
きょう、学校で「めでたくてめでたくてしかたのない袋」」をもらった。何がはいっているんだろうと思いながら持って帰ってあけてみた。中には、先生からの手紙と、校長先生の詩と、顔の書いたいちょうの実が二個入っていた。その、いちょうの顔を見ると、思わずわらいだしてしまった。しかし、その笑いも長くはなかった。このいちょうの実をならせたいちょうの木のように、私は、りっぱにしっかり伸びているだろうかと思ったからである。

十二年間、私はどのように伸びてきただろうか。いちょうの木のように、まっすぐ天に向って伸びてきただろうか、悪い芽は出さなかったろうか。私は、あまりいちょうの木のようでなかったのではないか。ロビンソン・クルーソーのような精神力も、忍耐力も、勇気もない、根気もない私。どうしてこんなになってしまったんだろう。

このにこやかないちょうの実の顔をながめていると「章子、ノビロ、ノビロ、もっとノビロ、自信をもってどんどん進め、反省もたいせつだが、それは前進の力にならねばだめだ。芽を出せ、芽を出せ、すばらしい芽を出せ。そしてその芽をのばせ、うんと伸ばせ」といってくれているように思えた。そうだ、この実がいってくれているとおりだ。」あの堂々としたいちょうのように、ビクビクしないでがんばろう。冬になると、来春の用意をだれにいわれなくても、あたりまえのことをしているいちょうの木。私も、中学に進む心の用意だけは、きちんとしておきたい。

そう思うのといっしょに、このいちょうの実にも新しい芽を出させてやりたいものだと考えた。けれど、私はアパート住まいで、この実を植える土地がない。このいちょうの実を植える場所がない。私は、植えるかわりに、一生、持っていようと思う。悲しくなったとき、苦しくなったとき、悪い芽が出そうになったとき、このにこやかないちょうの実をとり出してながめよう。私の心の守り神として、一生、身につけていよう。

先生、いちょうの実、ほんとうにありがとうございました。
がんばります。力いっぱい、がんばります。(六年・I.A.)

このほか、「いちょうと競走だ、どっちがほんとうに大木になるか」と、大切に育てている子もあります。植えるところのない子は、机の上においたり、腰下げにしたりして「雨にも、風にも、雪にも、嵐にも負けないぞ」とがんばっている子もあります。運動場にでなく、ひとりひとりの子どもの往き方の中に、いちょうが育ちつつあるのです。

No.[9]


 ■【1月】 おかげさまのいのち おかげさまの新年
生・死のことは 私たちの
はからいを越えたことがらであるにかかわらず
またいのちをいただいて
私のような者が
また新しい年をいただいた
気がついてみたら
元気者だった千代さんも 庫ちゃんも
秋ちゃんも 忠ちゃんも 良雄さんも
英子さんも 憲ちゃんも 謙ちゃんも
小学校の頃の忘れられない仲間が
とうの昔に いなくなってしまっている
もし今年四月まで寿命がいただけるなら
七十七年も生きさせてもらうことになる
何だか早く逝った皆さんに申し訳なく
この 新しい年が
まばゆすぎる気がしてくる
何の役にも立てなくなってしまっている私ではあるが
せめて「生きる」というこの一事だけは
「空(ムナ)シイ」ものにしないよう生きさせていただきたい
いつ「終わりの時」をいただいても
「おかげさまで」といただけるように
南無阿彌陀佛

No.[8]


 ■雑用に追われて・・・
すっかり、ご無沙汰になってしまいました。
新しい年は、気分一新でと思っています。

No.[7]


 ■生きているとばかり思っている私が生かされている
とんぼやせみのあの脱皮の拝みたくなる程のひたむきな荘厳な姿、分厚いコンクリートをひび割れさせる竹の子の生命力、人間もそういういのちの願いにもよおされて生まれ難い人間に生まれて生きている。

目があって見ることができることも、耳があって聞くことができることも、呼吸や心臓が昼夜無休ではたらき続けていることも、手や足がそれぞれ自由にはたらいてくれることも、食べものが血になり肉になり骨になり、はたらきのエネルギーになってはたらいてくれることも、みんなみんなただことではない不思議きわまることであった。生きているとばかり思っていた私が、生かされていた。
   
生きるということは、容易なことではない。ただ生かしてもらっているだけで、それは大したことなのだ。

実は地に落ちて芽を出し、伸び、花を咲かせ、実を結ぶ不思議ないのち、永遠のいのち。

眼が覚めたら生きていた。死なずに生きていた。

生きているということのまばゆいばかりの輝き。

生きているということは、死ぬいのちをかかえているということ。

落とせばこわれる茶碗だから、いまこわれずにあるこの茶碗のいのちが尊い。

No.[6]


 ■今から始まる新しい「きょう」1日
私は、今、長女が三歳の秋、お医者様から「お気の毒ですが、この病気は百人中九十九人は助からぬといわれるものです。
もう今夜一晩よう請け合いません」といわれた晩のことを思い出しております。
脈を握っていると脈がわからなくなってしまいます。
いよいよ別れのときかと思っていると、ピクピクッと動いてくれます。
やれやれと思う間もなく脈が消えていきます。
体中から血の引いていく思いで、幼い子どもの脈を握りしめていると、かすかに脈が戻ってくれるのです。
このようにして、夜半十二時を知らせる柱時計の音を聞いた感激。
「ああ、とうとうきょう一日、親と子が共にいきさせていただくことができた。
でも、今から始まる新しいきょうは?」と思ったあの思い。
「ああ、きょうも親子で生きさせていただくことができた」
「ああ、きょうも共に生きさせていただけた」
というよろこびを重ねて、とうとう新しい年を迎えさせていただくことができた日の感激。

No.[5]


 ■生かされて生きる  私のよろこび (3月の言葉)
未知の女子大生から手紙をもらったことがあります。
「友達の意地悪に耐えられないので自殺を決意したのですが、偶然目に入ったテレビの中で先生の話を聞き、この方に相談してみようと思ってペンを執りました」という手紙でした。
 私は、天地いっぱいに充ち満ちていてくださる大いなるものの願いに願われ、生かされて生きている私の喜びの実感を手紙に書き、速達で送りました。
 さいわい自殺を思いとどまってくれたばかりか、こんな素晴らしい世界に生かされながら、それを知らずに来た私が恥ずかしい。
意地悪な友達のおかげで、こんな素晴らしい世界に目覚めさせて頂くことが出来たのですから、今では、友達を拝みたい気持ちです、と返事をくれました。
 今の日本の「大いなるものの願い」に背を向けてしまっている学校教育の中で、この女子大生は「死」に追い込まれてしまうところだったのです。

No.[4]


 ■この寒さに耐えぬいて 美しい花をさかせる蕾たち (2月の言葉)
寒中のきびしい寒さの中の ぼたんの蕾
雪も降ってくるのに まっすぐ天を指さしている
そのおがみたくなるような  厳粛さ

あの 大らかな やさしい花が こんなきびしい
厳粛な 雪の中から 生まれ出てくるというのか
厳しい寒さに 耐えている 寒中の蕾たち
このきびしさに 耐えぬいて

蕾たちは やさしく 美しい ふくよかな  
花を咲かせる かおりを放つ

あまりにも保護された菊は 聞くの香をうしなう

人間は きびしさに であうと 美しさをうしなう
やさしさを失う  ふくよかさを失う かおりを失う

きびしさを人間成就の
栄養にしなければなにないのに・・・・・

それを蕾たちが、教えてくれているのに・・・・・

No.[3]


 ■光いっぱいの年にしよう(1月のことば)
 新年おめでとうございます。

今年は、お子さんが、どんな素晴らしい芽をふき、どんな素晴らしい芽をふき伸ばしてくださる年になるのでしょうか。いい子の芽を伸ばして、光いっぱいの年にしたいものです。
 どの子も、仏さまの願いをいただいて生まれさせていただいているのです。悲しい条件を背負っている子どももありますが、必ず救うという仏さまのお力とお智慧の導きをいただきながら、きっと道は拓けるでしょう。

T中学は、暴力学校として長い間新聞にも書きたてられた学校でした。悲しい条件を背負った子どもがたくさんいたのです。
秀れた指導力をもった校長先生が次々に送り込まれても、生徒指導の権威者といわれている先生がたくさん送り込まれてもだめでした。

ところが、その学校が、今、見事な学校に変わっています。暴力のけはいもありません。生徒たちの目が澄んで、学校に光があふれています。
現在の校長先生が赴任されて今年で三年目ですが、最初はやはりさじを投げたい気持ちだったとお聞きしています。出張から帰ってこられると、教室の窓から身をのりだして「校長のどあほ」「校長のどあほ!」とどなりつける。給食の牛乳びんを投げつける。運動場の生徒は石を投げつける、という有様だったといいます。

ところが、校長先生は大きな智慧の導きに遇われたのです。そして、何べん牛乳びんを投げても、石を投げてもわざとあたらないように投げてくれていることを発見されたのです。校長先生に、大きな喜びと、安らぎと希望が芽生えはじめました。
そしてその頃から生徒が変わりはじめたといいます。
               

No.[2]


 ■このページは
毎月の言葉を簡単に解説したお話等を書き込んでみようと思って作ってみました。
月の言葉の著者東井先生のお言葉を書き込んでいく予定です。皆さまに少しでも毎月の言葉を味わって頂きたいと思います。

No.[1]


No. Pass